2014
03.14

ご飯を食べること

Category: ふりかえり
一昨年の秋、精神科にひと月入院した。退院後しばらくして、周りのもの全て、特に両親と旦那さんに対する怒り、恨みが強くなった。押し殺してた感情を出すようになった、という方が正しいかも。

病気になったことを周りのせいにしていた。なんでこんな風に育てたのか、なんで私ばかり(離れて暮らす兄には見せない)両親のドロドロした争いの間に入らなきゃいけないのか、産後こんな風になるまで何故気づかなかったのか、あの時何故そばにいてくれなかったのか等々…。主治医に対しても、CBTの先生に対しても不信感丸出し。私のことを分かってくれる人なんていない。「血を全部抜いて、入れ替えたい」。自分で自分が気持ち悪くて本気でそう思っていた。自分が嫌い、周りも嫌い(信じられない)。どうしようもない時間だった。

言葉で、体で、暴れて暴れて、家族も自分もたくさん傷つけた。薬は飲んでたと思う。『こんなものどうせ効かないのに』と思いながら。

苦しさから逃げたくて、とにかくもう
終わりにしたくて死ぬことを毎日考えてた。私がいない方がみんな幸せだとも思ってた。『娘のためにも早く死ななければ』と思ってた。

去年の今頃は旦那さんに馬乗りになって首を絞めようとしたもあった。完全に病気に飲み込まれてた。その後、家を飛び出して、どうにかして消えられないか、街をフラフラしたりもした。

全て、その度、「あきらめない」という旦那さんに、生きる道に連れ戻された。

終わりにしたい私とって、それはある意味、拷問だったんだけど、徐々に、徐々に、家族を信じられるようになってきたんだと思う。生きてていいんだ、それを家族は望んでいるんだって。

そしたら少しずつ自分を許せない思いが減ってきた。食事に対する気持ちが変わった。それまではご飯を食べることにすごく罪悪感があった。『役立たずが、飯は食う』って思われてると思って、食べることが恥ずかしかった。でも、荒波を何回も乗り越えてる中で、『私が食べると旦那さんが喜んでくれる』っていうことがわかるようになってきた。旦那さんに何度も言葉にして確認した。「私がご飯食べて、嬉しいの?」って。

私が治ることを家族は望んでると信じてみる→食べる→薬を飲む→休む→罪悪感にとらわれる→私が治ることを家族は望んでると信じてみる…(繰り返し)

そうしてるうちにいつの間にか消えてた。あのどうしようもない、負の感情。

あれ?まとめると、「ご飯は食べよう」ってこと⁇

…なんて、軽く笑える今。あの時も、あの時も、あの時も…生かしてくれた家族に感謝を、改めて。
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dot 2014.03.15 11:20 | 編集
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