2015
11.28

ちゃんとしなきゃ

娘の保護者として、持ち物やら提出物やらを『きちんとしたい』という思いが強くて、疲れてしまうことがよくあります。

先生は、親を評価するためにいるわけじゃない。なのに。

私は、教員をしていた時(今は休職しています)、保護者の行動言動のみならず、時には保護者そのものについても『評価』していたんだと思います。その癖が、今、自分が保護者の側になって、『先生に“ダメな保護者”と思われないように、ちゃんとしなきゃ。』と考えてしまうもとになっているんだと思います。

もともとの間違いを直さないと…。

生きて行く上で厄介な“考え方の癖”たち。直るんだろうか。この病気になったことが、直すチャンスなのか。
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2015
11.01

寒さに

11月になりました。娘は雪が降るのを楽しみにしてるので、それが可愛らしくて、ちょっとは明るい気持ちになりますが、基本的に冬は苦手です。

昔は、高気密な家じゃなかったろうし、ヒートテックもないし、布団もふかふかじゃないだろうし、高機能な暖房もなかったろう。寒さを乗り切る術はどんなものだったんだろう。

想像してみるんですが、よくは分からなくて、それでもただ、昔の人たち(老人も子供も)が、どうにかして厳しい冬を乗り越えて、今生きてる私たちに命をつないでくれたんだよなぁということに感動します。そして、安心する。なんとかなるって。

風邪、感染症、いろいろ緊張の冬ですが、賢く乗り切りたいです。
いよいよ明後日、ディズニーに行きますよ~~。信じられない!なるべくなにも考えずに楽しめますように…。ささ
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2015
09.27

季節のイベントは酷です

今日は娘とお月見だんごを作りました。

世の中が盛り上がってるように見えるイベントに対して、1年前ぐらいまでの私は以下のような反応をしてました。

『うちでもやらなきゃ。』とプレッシャーに感じる。



しんどくてできない。



『娘に楽しいことをしてあげられない自分が情けない…。』と必要以上の罪悪感に囚われる。



疲れる。そのうちまた次のイベントが来る。



プレッシャーに感じる…そしてループ。

今は、『ふーん。お月見かぁ。団子作ったりしたら、時間つぶしになるし、まぁ楽しいかな。』くらいのゆるい気持ちでいられます。できなくても、大して苦しまない。

誕生日とかはまた別かと思いますが。苦笑。

鬱で、ただでさえ『子どもになにもしてあげられない自分が情けない』と苦しんでるお母さんにとって、世の中のいろんなイベントは本当に酷です。

これから冬に向けていろいろ押し寄せて来ますが、改めて気をつけようと思います。
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2015
08.25

教えてほしいこと

無意味な連投です。

高校生の保健体育の副教材に、女性が妊娠しやすいとされる年齢を盛り込んだそうで。なんかそれもデータの間違いがあったとかなんとか、問題あるみたいだけど。

現実問題として、どのくらい歳との相関で妊娠しづらくなるのかを知っておくのはとても良いことだと思います。行為をすれば当たり前に子供はできると思ってたら大間違いなわけで。

そういう期限みたいなものがあるんだよと教える一方で、是非若い女の子と男の子には、子供のいる家庭の主になったつもりで具体的にどんなことが起こるか、役割背負って考えて欲しいと思う。

それを違う人たちが見ていて、おかしいところをつっこむとか。そんな授業たくさんやってほしい。保健体育じゃなくなるか、家庭科かな?

それこそ、パートナーが産後鬱になってしまったら…。そういう可能性はかなり高い(10人に1人の割合で発病)んだから、ちゃんと今のうちに考えておくことは大切だと思う。

眠剤と風邪薬のダブルパンチで、まぶたが勝手に落ちてくる…。おやすみなさい。
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2015
07.24

両手に受けられるもの

『病気になったことが悔しい。』
『こんなはずではなかった。』
『この先どうなるのか不安。』

そんな思いにとらわれて、めそめそと泣いてしまう時があります。

泣いてすっきりすることもあるけど、上のような思いの涙はなんにも洗い流してくれません。ただただ苦しい涙。

『あるべき自分の姿』という幻をまだ消せずにいる私は、相当な頑固ちゃんだなぁと呆れます。

釧路の夜間中学『くるかい』のブログをよく拝見しますが、その中である方のお話が心に残りました。無断引用したらダメなのかな…。

『なんで人が悩むかって言ったらね
人はそれぞれ両手に受けられるものの大きさが決まっているのに、自分には手が届かないことをしたいって欲を出すからなんだよって、昔、教えられたの。

なんで別の人にはできて、自分にはできないんだろうって思うかもしれないけれど、両手に入るものは(お金でも他のものでも)生まれた時から決められているのよ。だから人と比べる必要はないって教えられたの。

悩むってことは、すでに答えが用意されているってこと。その答えを認めたくないから、悩むのね。
本当は答えは分かっているのに、自分の両手にのせられる分を認められないの。』

まったく今の私のことだなぁと思います。答えを認める。今の自分を認める。それがなかなかできなくて泣いたり悔しがったりしてる。

『自分の両手には有り余るほどの幸せを受けている。』…そのことをちゃんと感じたら、こぼれてしまういろいろを気にしなくなるかな。

旦那さんがいて、娘がいて、…『いて』というのは文字通り『存在』していること…それだけでもう私の両手はいっぱいなんだと思う。あとは全部、『欲』。

まためそめそしそうになったら、思い出そう。




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